大判例

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山形地方裁判所 昭和34年(わ)229号 判決

被告人 佐島完三

明四四・一一・七生 食糧事業協同組合連合会役員

主文

被告人を罰金五千円に処する。

右罰金を完納できないときは、一日を金二百五十円に換算した期間被告人を労役場に留置する。

被告人に対し、公職選挙法第二百五十二条第一項所定の選挙権および被選挙権を有しない旨の規定は、これを適用しない。

本件訴訟費用中、証人佐藤粲四郎、同亀田謙治、同土岐俊雄、同茂木清一郎、同金山勝雄、同三浦孫助、同阿部信一および同大滝定二郎に支給した分は被告人の負担とする。

本件公訴事実中、第一荒木鷹治外二十八名に対する文書違反および事前運動の点、第二の(一)荒井林蔵外約十五名位に対する事前運動の点、同(二)小島甲太外約十名位に対する事前運動の点、および同(三)安藤富司外約二十五名位に対する事前運動の点は、いずれも無罪。

理由

(事実)

被告人は、肩書住居地において米穀商を営む一方、山形県下各地区の米穀商の協同組合(計二十九組合)の連合体である山形県食糧事業協同組合連合会の常務理事兼総務部長の職につき、昭和三十四年六月二日施行された参議院議員選挙に際し、全国区より立候補した全国食糧事業協同組合連合会(右山形県連合会の上部機構にして全国各県の同種連合会の全国的連合団体)の会長梶原茂嘉の選挙運動者であつたものであるが、右選挙の選挙運動期間中である同年五月七日ころから同月末ころまでの間、山形市旅籠町五百二十八番地所在の右山形県連合会事務所等において、同連合会傘下の別紙(三)の(1)記載の各米穀商業協同組合および同連合会の傍系会社である同(2)記載の各株式会社に対し、公職選挙法第百四十二条の禁止を免れる行為として、「期必勝梶原茂嘉」等と墨書した文書(別紙(四)の(2)AまたはB)計五十数枚を、一枚ないし三枚位宛自から手渡すか、右連合会の職員もしくは被配布先の所属組合の役員らを介して配布し、または同市同町所在旅籠町郵便局より郵送して配布し、もつて公職の候補者の氏名を表示した文書を頒布したものである。

(証拠)(略)

(法令の適用)

判示被告人の所為は、公職選挙法第百四十六条第一項、同法第百四十二条に違反し、同法第二百四十三条第五号に該当するから、所定刑中罰金刑を選択し、その罰金額範囲内において被告人を罰金五千円に処し、刑法第十八条に則りその換刑処分を主文第二項のとおり定め、なお犯情により公職選挙法第二百五十二条第三項を適用して同条第一項所定の選挙権および被選挙権を有しない旨の規定はこれを適用しないこととし、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に従い主文第四項のとおり被告人に負担させる。

(本件公訴事実中無罪部分の理由および有罪部分の主な問題点について)

第一、公職選挙法における選挙運動の意義および同法第一四二条と第一四六条の関係について。

一、公職選挙法(以下単に法または公選法と略称する)は、公職の選挙の公正を期するため、選挙運動を自由に放置することなく、種々の方法、形式を以てこれに規制を加えている。そしてこの「選挙運動」に対しては、現行法においても一定の定義を与えていないが、旧衆議院選挙法以来、判例は「選挙運動とは、一定の議員選挙につき、一定の議員候補者を当選せしむべく、投票を得若しくは得しむるにつき、直接又は間接に必要且有利なる周旋、勧誘若しくは誘導其の他諸般の行為をなすことを汎称するものにして、直接に投票を得又は得しむる目的を以て周旋、勧誘等を為す行為のみに限局するものに非ず」と定義すると言われ、その範囲は極めて広く解されているが如くである。

この定義をそのままあてはめると、特定の選挙において特定の候補者を有利ならしめる一切、合切の行為が選挙運動であるということになろう。この点について弁護人は公選法にいう「選挙運動」を、右定義に基いて統一的に解しつつ、ただ特定の候補者の当選を直接の目的とした行為のみが選挙運動であるとして、事実上右広義の定義の本来の趣旨よりも狭く解するよう主張しているようであるが(弁論書第一章総論第五公職選挙法にいわゆる選挙運動の概念、弁論補充説明書(二)の二)、採用し得ない。実際に右定義を適用した過去の裁判例を通覧すると、当選または投票を得るについて、行為者の目的からみても行為の効果からみても、かなり間接的な行為に対して、右定義により選挙運動であると判定しているからである(例えば、反対派運動員が自派の運動を妨害するのを排除する行為、他派の選挙運動を監視する行為およびかかる監視をすることを他人に依頼する行為、選挙用のポスター、ビラを作成する行為、選挙運動の方法順序等につき協議する行為、演説会における妨害を排除する行為、候補者に対する官憲の圧迫干渉を警戒する行為等)。

しかしかように広義に「選挙運動」を解釈した裁判例は、殆んど全部が旧衆議院議員選挙法九六条違反または同法一一二条三号違反の事案であつて、前者は候補者、選挙事務長または選挙事務員以外の者を選挙運動から除外することを目的として定められたものであり、後者はおよそ選挙に関して買収その他不正な利害の誘導を排除し、選挙の公正を保持することを目的として定められたものであるから、これら法条の立法の趣旨からして、所定の「選挙運動」を解釈するに当り、冒頭記載のような広い定義を与えたのは、当然であると言える。恐らく現行公選法一三五条ないし一三七条の三までの規定(人の資格による選挙運動の禁止)にいう「選挙運動」や、同二二一条一項三号(買収等)にいう「選挙運動」について、そのままあてはまる解釈であろう。

しかし右の定義をもつて、その他の公選法上の選挙運動(たとえば期間による選挙運動の制限や方法による選挙運動の制限の場合)を一律に解するのは理論的にも不当であり、選挙運動に対する取締の実際においても不当な結果をもたらすものと考える。現行公選法は「選挙運動」に対して煩瑣で形式的な制限を多数加えているのに、かかる重要な用語についてことさら画一的定義を与えることなく解釈や運用にまかせているのであるから、ことさらすべての法条の「選挙運動」を統一的に解する必要はない。なお、この種広義の解釈の指導的判例と言われる大審院昭和三年一月二四日判決(刑集七巻六頁)も実は右衆議院議員選挙法九六条(無資格選挙運動の禁止)にいう選挙運動についてのみ判断しているのである(同院昭和一一年二月二七日判決・刑集一五巻一八〇頁もその一例)。

そこで当裁判所は冒頭定義を指針としつつも、公選法各条の「選挙運動」の具体的な内容範囲は、各条の立法趣旨と選挙ないし選挙運動の実際とに照らして、合理的であるか否かを綜合考察して、相対的にこれを決定すべきであると考える。

二、およそ公職の選挙に立候補して当選を得るには、事実上相当の準備が不可欠であることはもちろん、公選法も不用意な立候補をむしろ制限しているといえる(法九三条参照)。そこで法一二九条(事前の選挙運動の禁止)にいう「選挙運動」については、前記広義の解釈をそのままあてはめることはできない。この場合においても、特定公職の選挙における特定候補者の当選を得るためにする行為であることを要するのは勿論である。しかし、そのうち候補者の銓衡、推薦、純然たる立候補の瀬踏行為、選挙事務所借入等の内交渉、選挙運動者または労務者たることの内交渉(大審院昭和一六年二月二〇日判決参照)、選挙演説依頼の内交渉、費用の調達、選挙運動者間の仕事の割ふり、連絡、選挙運動用の文書図画を作成して頒布または掲示の準備をすること等の行為も、例外なく選挙運動の期間中になされなければならないと解するのは問題であり、一般的に言えば、これらの行為は、むしろ立候補もしくは選挙運動の準備行為として、法一二九条にいう選挙運動(いわゆる事前運動)からは除外して解すべきである(行政実例もかく取扱つている如くである)。

すると同条にいう「選挙運動」は、一定の公職の選挙にあたり特定の候補者の当選を得る目的を以て、一般有権者の投票の意思決定に働きかける行為(直接的な方法であるとごく間接的な方法であるとを問わないが、働きかける方向が一般選挙人に向けられたもの)およびこれに近接した行為であつて立候補届出前にこれをなせば選挙の公正(特に各候補者の平等)を害する性質のものに限られることになろう。従つて候補者の支持者同志の間で、如何なる行為が選挙法上許され如何なる行為が選挙違反となるかについて検討することもここで選挙運動ではない。

ただ右除外例のうち主として他人に対する意思の表明を内容とするもの、たとえば選挙運動者たることの依頼をすること(それ自体は準備行為であるが)に藉口して、結局一般有権者の意思決定に対して働きかけ投票獲得等の効果を目論むが如きは、もとより本条で禁止せられた選挙運動になるのであつて、この点は行為者と候補者、行為者と相手方、候補者と右相手方との従前の相互関係その他の情況に充分留意し、具体的場合において、行為者が相手方に対し運動者たるべきことを依頼したり、運動の方法について指示したりすることが不合理ではない客観的な事情があつたかどうかをよく見極めて決定しなければならない。

三、法一四二条は、文書図画による選挙運動のうち、主として頒布する文書(図画の点は省略する、以下同じ)に関する制限を規定したものである(もつとも若干は頒布の方法をも規整している、最高裁昭和三六年二月二日決定)。すなわち、同条一項にいう「選挙運動のために使用する」とは、頒布(不特定または多数人に配布すること)の方法を限定する趣旨ではなく、文書を限定する趣旨であり、同条項にいう「選挙運動のために使用する文書」とは、当該文書の外形内容自体からみて選挙運動のために使用すると推知されうる文書をいうのである(最高裁昭和三六年三月一七日、集一五巻五二七頁)。そして同条項は、かかる文書の頒布を、同項所定の通常葉書を除き一切禁止したのであるから、もしかかる文書を頒布すれば、選挙運動の期間中であると、一般人から見えない室内に掲示するよう指示した場合であると、選挙運動員相互間で文書の授受をした場合であるとを問わず、同条項の禁止に触れることになろう(最高裁昭和三六年二月二四日、同四三二頁、東京高裁同三五年三月三日判決、広島高裁同三五年八月一〇日判決等)。しかるに法第一四六条は、文書による選挙運動を、主として文書の頒布(掲示に関しては省略する、以下同じ)の目的、実体からこれを制限したものと解される。すなわち文書の外形内容自体の要件としては公職の候補者の氏名等を記載した文書であれば足り、「選挙運動のために使用する文書」であることを要しないが、その頒布行為は、(1)選挙運動の期間中において、(2)「第一四二条(文書図画の頒布)の禁止を免れる行為として」(一四三条の禁止の点は省略する、以下同じ)なされることを要する(右「禁止を免れる行為として」は「頒布」にかかる辞であること、一四六条一、二項、二四三条五号の文理に照して明らかである)。結局法一四六条は、外形上は選挙運動用の文書ではないが、その実選挙運動のために使用する目的を以て文書図画を領布することを規制したものであると言える(大阪高裁昭和二九年三月二五日、集七巻二〇六頁)。

ところで法一四二条一項においては、「選挙運動のために使用する文書」の頒布を禁止しているのであるから、「第一四二条の禁止を免れる行為として」文書を頒布するとは、形式上は選挙運動用でない文書をその実右一四二条一項にいわゆる選挙運動として頒布する場合を指すに外ならない。故に、法一四二条一項にいわゆる「選挙運動」ないし「選挙運動のため使用する文書」の意義、内容と法一四六条所定の「・・禁止を免れる行為」の意義、内容は相関連し、その間にくいちがいのないように決定されなければならない。

なお「第一四二条の禁止を免れる行為として」とあるが、頒布者において法一四二条の選挙運動をなすの目的があれば足り、同条の禁止規定を脱法するの意思あることを要しないものと解する。

四、弁護人は、選挙運動者を励ます行為は、運動者同志の内輪の行為であるから、かかる目的のために使用する文書は法一四二条の「選挙運動のために使用する文書」に該当せず、ひいては運動員を励ます目的のため文書を頒布しても法一四六条に違反しないと主張する(前記弁論書第三の三、四、弁論補充説明書(二)の二等)。

思うに、法一四二条および法一四六条の文書頒布の制限は、選挙運動をその方法(行為の類型)の面からとらえて制限した一場合である。立法政策としては、選挙の自由を重視し、国民の叡智に期待して比較的自由な選挙運動の間に投票を行わせようとする考え方と、選挙の公正を重視し、現段階においては金権候補を排し、各候補者ひいては国民各層間の平等と公平をはかるために、各種の方法で選挙運動を規制しようとする考え方があろう。しかるに現行公選法は、選挙運動の方法等について細い規制(罰則や行政措置)をするだけでなく、選挙公営の色彩と相まつて選挙運動を平等画一化し、全体的に各候補者各運動者の創意による選挙運動の自由をきわめて制限している。ここで一口に選挙の公正というけれども、かかる選挙運動の方法の制限規定においては、或る選挙運動の方法が取締られていることそれ自体に実質的な有意義性があるものではなく、各派、各候補者間の選挙運動の平等、公平をはかることが主眼となつているので、かかる規定はいわば各派の申し合せないしはルールの如き性格のものと観察される(形式犯と言われるゆえん)。故に一般的に言えばかかる制限規定の解釈に当つては、或る具体的な行為の類型が禁止されることの有意義性を考慮するよりも、むしろ激しい選挙運動の実際に照して、明白にして画一的取扱いの理念に反しないように、各派の平等、公平感を害することのないように、またともすれば不当な結果を生じ勝ちな紛らわしい行為を排除するように留意しなければならないと考える。

右の次第であるから、文書図画が可視的な存在で、影響力が強くそれが頒布されたときは被配布者以外の人の眼に触れたり、当初の目的以外の効果も生じ勝ちであることを併せ考えると、法一四二条にいう「選挙運動」および法一四六条の「第一四二条の禁止を免れる行為」は、ことさら狭く解するのは妥当でなく、選挙運動の実際に照らして不可欠な行為であつて、しかも選挙用通常はがき以外の文書を頒布する方法によつてせざるを得ない行為を除き、一定の選挙において特定の候補者を有利ならしめるその余の一切の行為が含まれると解すべきである。そうだとすると、選挙運動者相互間の純然たる選挙事務の連絡は、ここで「選挙運動」ではなく、かかる連絡事項を記載した書面は「選挙運動のために使用する文書」ではないといえる(大阪高裁昭和三五年二月四日判決参照)。けだし文書頒布によつて多数運動者と組織的に事務連絡をとることは現実の選挙運動の遂行上不可欠であり、かつ事の性質上通常葉書の郵送によることに親しまないからである。これに反し他の選挙運動者を激励する行為は、口頭によつて、また法所定の選挙用通常葉書を郵送することによつてゆうにこれをなすことができるから、ことさらこれを除外する必要はない。従つて他の運動員を激励するために使用する文書は、法一四二条に頒布が禁止された「選挙運動のために使用する文書」であり(同旨、仙台高裁秋田支部昭和三六年一〇月一一日判決)ひいては選挙運動用でない文書を他の選挙運動者を激励するために頒布するは「法一四二条の禁止を免れる行為」に該当することになる(特定少数者に対して配布するのは禁止されない)。実際上も、広く第三者の選挙運動が認められている現在、選挙運動者の範囲も具体的には仲々決定が困難であるから、かかる文書が頒布されれば、当初の趣意を越えて一般通常人の眼に触れて不当な結果を生ずる虞が強く、またある候補者の運動者間でかかる文書の頒布が行われると、他の候補者や運動者らに著るしい不公平感を抱かせることになり、明白にして画一的な規制を目論んだ法の趣旨に反する結果になろう。

ただ、文書の配布ないし頒布は他人に対する思想の表示としてなされるのであるから、一口に選挙運動者を励ますと言つても、或る選挙運動者が運動者としての自分自身を励ます行動は、ここでいう「選挙運動」に当らないのは当然である。

第二、弁護人は、被告人の属する山形県食糧事業協同組合連合会(以下県食連と略称する)およびその傘下の各単位米穀商業協同組合(以下各米商組合と略称する)の組織機構、ひいては県食連の上部機構である全国食糧事業協同組合連合会(以下全糧連と略称する)の組織機構およびその傘下の各組合員(米穀商)の連帯関係の特異性について力説するところ(弁論書第一章総論第三、弁論補充説明書五、弁論補充説明書(二)の一(一)等)、これらの点が本件各公訴事実について犯罪の成否を審案する上で事実上、法律上関係すると認められるので、先ず検討する。

一、二、三、(略)

第三、本件公訴事実第一について。

一、本件公訴事実第一は、「被告人は昭和三十四年六月二日施行の参議院議員選挙に際し全国区より立候補した梶原茂嘉の選挙運動員であるが、同人の当選を得しめる目的を以て、前記候補者がかねて立候補の決意を有していることを知り、右選挙告示前である昭和三十四年二月十五日頃、山形市旅籠町五二八番地山形県食糧事業協同組合連合会の会議室において、選挙人である荒木鷹治外二十八名に対し『国民年金完全実施全国運動』なる標題の左側に推進委員参議院議員梶原茂嘉と記載した法定外文書を一人宛約三十枚位乃至約百枚位の割合で配布頒布すると共に事前の選挙運動をなしたものである」というのであり、右は公選法一四二条一項二号に違反し法二四三条三号に該当すると共に、法一二九条に違反し法二三九条一号に該当する、というのである。なお検察官の冒頭陳述によれば、右文書頒布および事前運動の相手方は、別紙(一)記載の者らである、というのである。

よつて検討するに、(中略)を綜合すると、山形県食連では昭和三十四年二月十五日傘下二十八組合全部の代表理事又はその代理の者(概ね別紙(一)記載の者、尤も証拠によれば一部相違する氏名もあるようであるが、この点は暫くおく)の参集を求めて、山形市旅籠町五百二十八番地所在の県食連会議室において臨時総会を開いたが、それが終つて同日午後三時ころ同所において被告人は本公訴事実記載の文書(別紙(四)の(1)表示の如きポスター、以下本件国民年金ポスターと略称する)を、右出席者らに対し、一人数枚ないし百枚位宛配布し、小売店の店頭その他適当の場所に掲示するように指示したことが認められる。

よつて前記公訴事実は、被告人に選挙運動をする目的があつたとの点を暫く措き、一応その証明がなされていると言えるが、左の理由により、文書頒布違反罪も事前運動罪もともに成立しない。

二、文書違反罪の成否について。

(一)  公選法一四二条にいう選挙運動のために使用する文書」とは、文書の外形内容自体からみて選挙運動のために使用すると推知されうる文書を指称することは前示のとおりである。

ところで本件国民年金ポスターは、配布や掲示の方法・時期如何によつては、梶原茂嘉をして一定の公職の選挙に当選を得しめるのに役立つかも知れないが、その外形内容自体からは、参議院議員である梶原茂嘉が主催者である鳩山一郎と共に、一般国民に対し国民年金の完全実施を呼びかけた趣意の文書であるとしか受け取れず、梶原の選挙運動のために使用するものであるとは推知できないから、右ポスターは「選挙運動のために使用する文書」ではない。

したがつて、被告人の本件国民年金ポスター配布の所為は法一四二条一項の罪を構成するに由ない。

(二) 本件年金ポスターの頒布が法一四二条一項に当らないとしても、もし法一四六条一項違反に相当すれば、訴因罰条の変更を経ずしてこれが審判をなし得るものと解される(前掲最高裁昭和三六年三月一七日判決)。しかし法一四六条一項の文書頒布は、選挙運動の期間中になされなければならないが、本件頒布は昭和三十四年二月十五日ころであつて、本件選挙運動の期間中でないことは証拠上明らかであるから、結局同条項の違反も成立しない。

三、事前運動罪の成否について。

公選法一二九条にいう選挙運動の範囲は、前記(第一、二)のとおりであるところ、本件で頒布された国民年金ポスターは、それが掲示された場合に、見る人をして「国民年金促進運動」なる一般受けのする政治的標題と関係づけて参議院議員である梶原茂嘉の氏名を記憶、認識させる効果があると認められる。そこで来る参議院議員選挙(特定の公職の選挙)に梶原茂嘉(特定の候補者)の立候補が予想され得る際に米穀商の店頭等に掲示すべきことを指示してこれを多数の者に数枚ないし百枚位宛配布した本件被告人の所為は、一応外形的には法一二九条にいう選挙運動に相当すると言える。

ところで、すべて「選挙運動」とは、行為者の一定の目的、意思(一定の公職の選挙につき、一定の候補者に当選を得しめるためにする意思)を含んだ概念である。したがつて法一二九条の場合も、単に行為者に、行為の結果が将来の選挙に立候補を予定される特定の者に有利となるかも知れないことの認識があるに過ぎない場合や、行為に対する通常の故意があるに過ぎない場合は、未だ同条の選挙運動をしたとは言えない。よつて証拠に基いて、本件文書配布の行為につき、被告人に右選挙運動をなすの意思があつたか否かについて検討する。

(中略)を綜合すると、次の事実が認められる。

全糧連の組織、機構等については前認定のとおりであるところ、昭和三十三年十月ころ鳩山一郎会長の国民年金協会から、全糧連の調査部長、総務部長に対して、国民年金完全実施運動に賛同し、与論を喚起させるためその推進ポスターを全糧連の系統機関を通じて全国に配布し、然るべく掲示せられたいこと、および全糧連会長の梶原茂嘉に右年金運動の推進委員になつて貰いたい旨の依頼があつたので、全糧連としては協議の結果、右依頼に応ずる旨国民年金協会側に回答した。その後同年十二月十七日ころ、同協会において本件国民年金ポスター多数を作成し、配布方を全糧連に依頼して来たのでまもなく全糧連は、全国各都道府県の食糧事業協同組合連合会宛の依頼書と運動要綱(押収にかかる国民年金完全実施全国運動の賛助についてと題する書面綴・当庁昭和三四年押第五六号の一一)とを副えて、然るべき枚数の年金ポスターを各都道府県の食連宛に対し送付した。よつて昭和三十四年一月末ころ被告人の属する山形県食連にも、該ポスター約千枚が、全糧連の名で小包郵送されて来たが、当時県食連の総務部長であつた被告人は、右依頼に基いてポスターを傘下の各事業協同組合に送付することとし、各組合において適当に掲示されたい旨の依頼書(前記年金協会よりの依頼書および運動要綱の写を添付)の起案原議を作り、常のように他の理事ら数人の決済を得た上、これをタイプで印刷し(前記書面綴、同押号の一一)、送付を受けた年金ポスターを各組合に分与すべく然るべき枚数毎に分けた上、右依頼書を一部宛副えて用意した。しかるにたまたま同年二月十五日、山形県の米の卸売販売業務の改善等に関する農林当局の指令(押収にかかる通牒同押号の一三)に対する県食連としての態度を協議することを目的として、前記県食連会議室において、会長(理事長)金山国次郎の出席も得て傘下各組合の組合長会議が催され、(昭和三十四年二月十五日付臨時総会議事録の綴られた会議に関する綴・同押号の七)当日別紙(一)記載の者らが、参集したので、前認定のとおり右会議を終えて解散する際、被告人は県食連総務部長として右分割して用意しておいた本件国民年金ポスターを、国民年金協会の依頼により全糧連を通じて送られて来たものである旨告げて、それぞれ右出席した組合長らに交付して頒布したものである。

以上の経緯が認められるが、全糧連自身が本件国民年金ポスターの頒布によつて事前の選挙運動をしたわけではないから被告人がこれに加功して事前運動をしたと言えない。また、被告人が本件国民年金ポスターを頒布するに至つた経緯をみると、上部機構である全糧連からの依頼ないし指示があつたので山形県食連総務部長として右指示を伝達する趣旨でその指示の範囲内において、下部機構である傘下各米商組合の代表理事らに対し、県食連の名において該文書を配布したに過ぎないと観察され、右全糧連の依頼を好機として、これに乗じて選挙運動をしたものとも認められない。尤も当時被告人は、該ポスターが掲示されれば立候補が予想される梶原茂嘉に有利であるべきことを認識し得たとみられないこともないが、同人の立候補は予想の段階であり、本件参議院議員選挙は未だ約四ヶ月先であることを併せ考えると、梶原に当選を得しめるため選挙運動をなすの目的を以て本件ポスターを頒布したことは認め難い。なおその際、被告人は被配布者らに対し、「このポスターは選挙に関係ないのだから心配ないように」と言い副えた事実が認められるが、前認定(第二の一、二)のように、被告人と当日出席した組合長らとの間には、全糧連会長の梶原茂嘉の再立候補が予想されることや、同人を再び当選させることについて意見を述べることにつき特に憚かられる事情はなかつたと認められるから、右言明を取り上げて、被告人がことさら内心の選挙運動のためにする意思を隠蔽したとみるのは当らない。

結局本件公訴事実中事前運動の点は、被告人の選挙運動の目的の存在について証明充分でないことに帰する。

四、よつて刑事訴訟法第三三六条により、本件公訴事実第一はすべて無罪の言渡をすべきである。

なお、本公訴事実審理の過程において、本件年金ポスターの被配布者らにおいて、該ポスターが選挙運動をなすを目的として配布されたものであることを認識していたか否かが強く争われ、ひいては本件被配布者らの検察官に対する各供述調書中被配布者がこの点の認識を有していた旨の供述記載部分の特信性(刑事訴訟法第三二一条第一項第二号)が争われたが、かかる被配布者らの認識の有無は、法一四二条もしくは法一四六条の文書違反の成否または法一二九条違反の成否に関しないと考えられるので、ここでは特に検討しない。

第四、公訴事実第二について。

一、本件公訴事実第二は、「前記候補者(梶原)の当選を得しめる目的をもつて、(一)同年五月一日頃の午後一時頃、前記連合会蔵座敷において、選挙人荒井林蔵外約十五名位に対し「今度又全糧連の会長梶原茂嘉が参議院議員に立候補することになつたから頑張つて応援せられたい」旨依頼し、もつて事前の選挙運動をなし、(二)同年同月二日頃の午後一時頃、前記蔵座敷において選挙人小島甲太外約十名位に対し、右第二の(一)同趣旨の依頼をなし、もつて事前の選挙運動をなし、(三)同年同月三日頃、前同所において安藤富司外二十五名位に前第二の(一)同様趣旨の依頼をなし、もつて事前の選挙運動をなし」たものであり、それは法第百二十九条に違反し第二百三十九条第一号に該当するというのである。

なお検察官の冒頭陳述によれば、右(一)、(二)および(三)の選挙運動の相手方は、別紙(二)の(1)(2)および(3)記載の者らである、というのである。

よつて検討するに、(中略)を綜合すると次の事実が認められる。

前認定(第三の三)のとおり、山形県食連では、山形県当局の指示に従い従来の米の卸売業務改善の措置を講じたが、右改善は必ずしも山形県下の米穀商に有利な措置ではなく、しかも急拠行われたので、実施後の実情を知るため、五月一日(置賜地区)、同月二日(庄内地区)および同月三日(最上村山地区)にわたり、各組合の組合員や業務担当者を集めて、右業務改善についての打合会を開いた。そして右五月一日には別紙(二)の(1)記載の者が、同月二日には同(2)記載の者が、同月三日には同(3)記載の者が、それぞれ県食連内の蔵座敷内に参集し、(証拠上明確でない氏名も若干あるが、この点は暫らく措く)三日間とも主としてこの種業務関係担当の高橋源内(組織部長)が中心となつて二時間位にわたり右会議事項の説明、質議、応答などが行われたが、いずれもそれが終つてから、被告人は同所において出席者に対し約二、三十分にわたつて、本件参院選挙で立候補を予定された梶原茂嘉に当選を得しめることを目的として、選挙関係(特に選挙運動の方法について)の説示をしたことが認められる。

二、そこで右被告人の発言中に、前記公訴事実記載の如き依頼の趣旨が含まれていたかどうかを検討する。

(一) (五月一日の分について)証人荒井林蔵、同平鶴吉、同皆川栄市、同石川重蔵、同松本長次郎および同青木浅五郎(以上同日出席者)の当公廷における供述を録取した各公判調書(速記録を含む、以下同じ)中の記載並びに右の者らの検察官に対する各供述調書中の記載によれば、五月一日の打合会として前記卸売業務関係の討議を終えて後、被告人は改つた態度で出席者らに本件選挙関係の話を始めたわけではなく、当時行われた米沢市会議員の選挙に当地の米穀商の代表として我妻新平が立候補しており、当日ラジオの開票速報で同人の得票状況も報道されていた関係から、出席者らの話題も自然本件選挙関係の話に移り、雑談的な雰囲気の中で本件選挙関係の話をしたものであることが認められる。ところで右検察官に対する各供述調書中、皆川栄市、石川重蔵および青木浅五郎の各供述調書中の記載によれば、被告人は「全糧連の会長梶原茂嘉が今度また参議院議員選挙に立候補することになつたが、金山理事長が全糧連の常務理事になつているので、皆さん頑張つて梶原茂嘉が当選するよう応援してくれ」と、依頼の趣旨の発言をしたというのである。しかし、荒井重蔵、平鶴吉および松本長次郎の各供述調書によれば、座談のうちに被告人以外の出席者も梶原を当選させようではないか等と語り合つたのであつて、被告人が右趣旨の発言をしたことはしかく明確でない旨供述され、しかも前記各証言は被告人の右発言を悉く否定しているので、綜合考察すると、結局五月一日の分については、被告人が公訴事実記載の如き依頼の趣旨の発言をしたことについて、確認できないものと言わなければならない。

(二) (五月二日および同月三日の分について)(中略)を綜合すると、五月二日の打合会として前日同様高橋部長を座長として業務関係の討議を終えた後、たまたま当日出席した米沢食糧商業協同組合(組合長我妻新平)所属の坂野京太郎から前記米沢市会議員選挙において同業者の力で右我妻が当選したことについて報告がなされ、それに引続いて被告人は本件選挙関係の話をしたが、その冒頭で「全糧連の会長梶原茂嘉が今回の参議院選挙に又立候補することになつたから、皆で協力して是非当選させなければならない」旨ないしは「応援せられたい」旨(もしくはこれに近い趣旨)の発言部分が存在したことが一応認められる。

次に(中略)を綜合すると、前同様業務関係の討議を終えて後、被告人は本件選挙関係の話をしたのであるが、その冒頭で右認定(五月二日)の趣旨の発言をしたことが認められる。しかしその際は、皆が静聴していたという状態ではなく、卸売業務関係で納得の行かない一部の者らがなお高橋組織部長を囲んで質議を続けたり私話をしていたので、いきおい被告人の話も座談的になされたものであり、被告人以外の出席者の中でも「梶原を当選させなければならない」旨語り合つていた状態であつた。

しかし右各発言部分の意味合いは、これを慎重に理解しなければならない。すなわち以上本項の各証拠を綜合すると、

(イ) 当日(五月二日、三日)用意されていた参考資料(自由民主党名義の第三者の選挙運動についてと題するパンフレツトおよび選挙運動の心得についてと題する書面)からみても選挙運動の方法(特に何が選挙運動として許され何が選挙違反になるか)についての説明をするのが当日の被告人の選挙関係の言動の主題であつた。

(ロ) 右認定の如き発言部分は、右被告人の選挙関係の言動の冒頭になされたもので、発言全体からみても極く短いものである。

(ハ) 一般に米穀業者が、業界代表としての梶原候補を支援していることは前認定のとおりであるところ(第二の一、二)、当日の出席者らは業界として梶原の立候補が内定していることが告げられるまでもなく知つて居り、また改めてここで被告人が支援を依頼する筋合でもなかつた(伊藤辰之助の供述調書等参照)。

以上の事実が認め得られる。これらの点や、先に認定した座の雰囲気等を併せ考えると、被告人としては出席者らが前回同様梶原を支援してくれる(何らかの選挙運動をしてくれる)ことを前提として、選挙運動の方法等について説明したものであつて、前記「梶原を是非当選させなければならない」等の発言部分は、当事者間においては特に意味を持つものではなく、単に右運動方法について説明する前置きとして述べられたに過ぎないと観察するのが相当である。(しかし何らの前置きなく選挙運動の話だけしたというのも唐突で不自然であろう)。被告人が捜査、公判の過程を通じてこの点の依頼を強く否定しているのは、一つは被告人が改めて選挙運動をなすべきことを依頼したとの印象を持つていないところにあると思われる。

(三) 以上三日間の各出席者の検察官に対する各供述調書は、いずれも供述人が被告人より梶原のための選挙運動を依頼され、その対価として酒食のもてなしを受けたとの被疑事実を想定して、被疑者として取調べを受けた調書であると窺われるが、右各供述人(出席者)並びに証人高橋源内の当公廷における各証言の状況、および右に認定した各打合会終了後の被告人の言動全体に照らすと、これら調書(一部を除く)中選挙運動をするように依頼を受けたとの趣旨の供述部分は、そのまま採用することはできない。単純に前記被告人の発言(一部)が存在した、という限度において信用性を認むべきである。

三、なお、前説明(第一の二)のように、一般的に言えば、他人に対し選挙運動者になる様依頼する行為や既に運動者たるべき者に対して激励して一層の奮起を求める行為は、必ずしも法一二九条にいう「選挙運動」には該当せず、準備的行為と解すべきである。

ところで、仮に以上五月一日、二日、三日の各出席者らの検察官に対する各供述調書中の記載を全面的に措信するとしても、その供述内容によれば被告人は出席した米穀商らの選挙人としての意思決定に働きかけて投票等を求めたのではなく、業界の代表である梶原のため、前回(昭和二十八年度)の参議院議員選挙のときと同様にお互いに選挙運動をしようとの提案ないしは一層奮起の要望をしたに過ぎないものと認められる。そして既に認定したとおり、出席者らに対し被告人がかような提案ないし依頼をすることを合理的ならしめる多くの客観的事情が存在したのであるから、かような趣意の被告人の発言を目して、法一二九条にいわゆる選挙運動であるとすることはできない。この点候補者の推薦に藉口し、特に合理的な関係のない多数人を歴訪して推薦状に署名を求める(かかる場合には相手方から投票を得るの意を捨象することができない)が如きとは趣きを異にするのである。

四、結局本件公訴事実第二の(一)ないし(三)は、法一二九条にいう選挙運動をしたことについて犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法第三三六条によりいずれも無罪の言渡をする。

第五、公訴事実第三について。

本公訴事実(法第一四六条違反の訴因)については、弁護人主張の二、三の問題点について検討する(以下事実の認定はいずれも前記有罪の認定に供した各証拠による)。

一、文書の外形内容自体から他の選挙運動者を激励するために使用すると推知される文書は、公選法一四二条の「選挙運動のため使用する文書」であり、また、然らざる文書を、他の選挙運動者を激励するために頒布するのは、該文書を「第一四二条の禁止を免れる行為として」頒布するに相当すると解すべきことは、前説明のとおりである。

二、(文書の性質)当該文書が法一四二条の「選挙運動のために使用する文書」に該当するときは、同条の違反を以て論ずべきで法一四六条違反の問題は生じない。よつて先ず本公訴事実の文書の性質を検討するに、別紙(四)の(2)A、Bの如きポスター(但し一部は「期必勝」のかわりに「祈当選」とある)であつて、極めて限界的な場合であるが、いずれも法一四二条の文書には該当しないと解する。その理由は次のとおりである。

(1) 本件期必勝ポスターには梶原茂嘉の氏名が表示してあるが、「参議院全国区候補者」等の肩書はないので、記載の文意だけからは直ちに選挙とは結びつかない。見方によつては何らかの競技、試験について右氏名の必勝が期せられているとも言える。もつとも右氏名の両側に「かじわらもか」「かじわら」の朱筆の添書があるので、投票行為と結びついて何らかの選挙の候補者であることが推定されないこともないが、公職の選挙以外の選挙(他の公私の団体、政党、組合等の役員選挙)の候補者であるかも知れない。この点は祈当選のポスターについても同様である。総じて本件期必勝等のポスターを、文書の外形内容だけから、一定の公職の選挙における特定候補者のために使用することが推知されうるとみるのは、やや無理であろう。

仮に、本件各文書の表示自体により梶原茂嘉なる氏名が一定の公職の候補者であることが推知されうるものとしても、これら期必勝等のポスターは一般選挙人に対して働きかけるものではなく、右候補者の運動者を励ますために使用するものであることは明らかである。またポスターなのであるから、通常掲示者が自らを激励したり気勢を挙げたりする(これは法一四二条の選挙運動に当らない)ために使用する文書であるが、これを配布することにより被配布者を激励するためには通常使用されないであろう。

(2) 法一四二条の「選挙運動のために使用する文書」は、選挙運動用なることが表示の言葉の上で明確である必要はなく、通常の語感および国民の一般常識からかように推知しうるものであればよい。しかし法一四二条は当該文書(選挙用通常葉書を除く)を頒布することにより他に特段の要件なく罪が成立するのであるから、推知自体が明瞭でない場合においては、法一四二条の文書であると解することはできない。かかる場合には法一四六条を以て論ずべきである。

三、弁護人は、本件事案の実質的内容からして、本件被告人の所為は「法一四二条の禁止を免れる行為として」なされたものでなく、また文書の「頒布」にも該当しない旨、極力主張する(弁論書第二章各論第三の三、弁論補充説明書二以下)。ところで本公訴事実の記載においては、文書の被配布者は二十二の米穀商業協同組合および五の株式会社となつているが、法一四六条の他の要件の成否は、配布者たる被告人と右各法人の構成員との間の実質的関係に左右されるものであると考える。よつて検討するに全糧連およびその系統機関の組織構成、および候補者梶原茂嘉に対して被告人を含む県食連傘下の各構成員が強く支持している事実等については、前認定のとおりであり、また証拠によれば、被告人は当時それぞれ被配布先から本件ポスターの配布の依頼を受けたものであること、多くの場合は被配布先の関係者が県食連事務所に来た際県食連職員佐藤粲四郎(雅号参峰)の筆になる本件ポスターを見て、かようなものを欲しい旨申し出たものであること、同人の達筆なることは概ね被配布先に知れていたこと、本件ポスターは被告人の命によりすべて右佐藤が書いたものであること、本件期必勝等のポスターの本来の使用方法はこれを掲示して運動者が自分自身を励ますことにあり、被告人もこの目的にのみ使用するように指示していたこと等の事実はこれを認め得られるところである。

しかし、左の理由により、本件文書は法一四二条の禁止を免れる行為として頒布されたものと認められる。

(一) 既に説明したところにより、選挙運動者である各単位米穀組合の役員らが、本件期必勝等のポスターを他から見えない所に掲示して自らを激励するにとどまるときは、法一四二条の「選挙運動」をしているわけでもないし、「同条の禁止を免れる行為」にもならない(文書の頒布の観念も入らない)から、ここでは禁止されていない。しかしこれらの者に対し、かかる文書を頒布するのは、これと性質の異る行為である。すなわち前認定のように全糧連の組織を基盤とする梶原候補の選挙運動者にして会長不在の間の県食連の責任者である被告人が、傘下組合所属の運動者らにこれらポスターを頒布する行為は、被配布者ら(被告人からみて他の運動者)を、文書の配布自体によつて直接に、また被配布者の掲示を介して間接に、これを激励するにほかならないから、前説明のとおり法一四二条の「選挙運動」であると共に、「第一四二条の禁止を免れる行為」になる。のみならず、前記各株式会社は、その資本構成および役員の構成からして県食連の第二会社である(その役員らは概ね梶原茂嘉を支持していることが推定される)としても、前示のとおり、その従業員ら(その数は少くない)がすべて同人の選挙運動者であるとは認められないから、これら会社の「役職員一同」の添書がある本件期必勝または祈当選のポスターを、選挙期間中、従業員らの眼に付き易い当該会社事務所内に貼らしむべく配布したとすると、単に選挙運動者間の内輪の激励行為として文書を配布したとは観察できない。

(二) 弁護人引用(弁論補充説明書二、三)の仙台高裁秋田支部昭和三六年一〇月一一日判決(公選法一四二条違反事件)は、本件期必勝ポスター(B)類似の文書を、法一四二条の「選挙運動のために使用する文書」であると判定しながら、「特定の選挙運動員が自分自身を励ますために「期必勝云々」の文書を自ら作成し若しくは他人に機械的に代筆して貰つてその文書を自宅にはりつけたり、かけたりすることは同条(一四二条)の禁止には該当しない」旨判示している。思うに、かような場合には右選挙運動員の行為に文書の「頒布」ないし「配布」の観念を容れる余地がないからであろう。また、文書の作成者側も、それが若し真に機械的代筆をしたに留まるときは、その文書を依頼者に引渡しても文書を配布したとは言えない。なぜならば、単なる代筆者(法定外文書の印刷を引受けた印刷業者も同様であろう)には、その文書の本来の使用方法について、何らの目的も主体性も持たないからである。しかし、被告人は山形県食連の事実上の責任者として県下梶原派の選挙運動の中心的役割を果していた上、自由民主党発行のパンフレツト中の記載に基いて、本件期必勝ポスターの如き文書を他人の見えない所に掲示することを勧めたり、かかる行為は選挙違反にならない旨教えたりしたことが認められるので、たとえ被配布者らから県食連の特定の職員(佐藤粲四郎)の筆によるポスターの作成を依頼され、その依頼に基いて本件ポスターを作成・交付したとしても、その交付(手渡したり郵送したり)について、被告人自身にも多分に目的性と主体性があつたものと観察すべきであり、前記機械的代筆者と同視することはできない。したがつて右依頼は、被告人の本件文書頒布の動機、誘因となつているに過ぎず、文書の頒布ないし配布の成立を否定するまでに至らない。

四、以上の次第で、本件の場合、被告人の文書頒布には特殊の情況、いきさつがあつたことが認められ、犯情としては充分考慮しなければならないが、形式犯としての法一四六条一項違反の成立を免れないので、前判示のように、相当法条適用の上罰金刑を以て処断した次第である。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 内田恒久)

(別紙(一)、(二)、(三)、省略)

別紙(四)

(1) 国民年金ポスター(縦約五十四糎、横約十九糎)〈省略〉

(2) 期必勝ポスター〈省略〉

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